新・古事記
#7
天野文は壁に向かって座った。
その正面に月詠命、その横に園が座る。
三人の指定席だ。
三人ともこの入院に飽き飽きしていた。
天野の周りには人が集い、別れ、徐々に集団が形成された。
「羅武派」
人々はそう呼んだ。
この病院に入院している全員が退院を望んでいるわけではない。
中には自分で望んで入院するもの、住所を病院に移し、一生の入院を望むもの、食べることができず、退院できないもの、認知の問題で死を待つのみの者もいた。
天野達の病棟は緊急避難的に入院してきた者が多い。
ほとんどの者たちが退院を望み、羅武派はその病棟で最大派閥となっていた。
文はコミュニケーション能力に長け、いざこざを仲裁するのがうまい。
徐々に人が集まっていた。
しかし、
羅武派のリーダーは命であった。天野はサブリーダに徹する。
何も知らず園はその席に座っていた。
その日も園は5時頃目を覚ます。
朝の水を飲み、タバコの誘惑に耐えながら6時半を待つ。
文は朝のラジオ体操のために目を覚まし、命は少し遅れて目を覚ます。
6時半、園は時間きっかりにジュースを4本飲む。
うんこを出すための乳酸飲料、ワインの雰囲気を醸した果汁100%の炭酸飲料、あとはその日の気分でコーヒーやペット緑茶などを飲み、いつもの席に座る。
文や命と少し話すと大体もよおして来る。頻繁に水を飲み体重とにらめっこ。
これを繰り返している。
この作業は現役ボクサーの原料より過酷だ。文と命はいつも園を励ましていた。
「今日もえらいね」命が園に語り掛ける。
「園さん凄すぎない!」文も園を励ます。
しかし園はタバコのことしか考えていない。
「へ、へい」生半可な返事をする。
8時、朝食が運ばれる。
体重制限は2Kg以内、園は食べるものを吟味する。
なるべく軽く、腹持ちのするもの。
そんなものしか園は食べることができない。
今日もご飯を半分残す。タバコ、水、水、タバコ、水、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
席と体重計への移動は一日100回を超す。
1g単位で水を調節しながら水を少しでも多く飲む。飲めないときはうがいで済ませ、最後に変面台に唾を吐く。
水一口ごとに体重計に乗り、緻密に計算する。
「あと100g飲める!!!」
気分は高揚する!!!
そして9時半!!!
気分は絶好調だ!!!
そう、タバコへの解放なのだ。
気分は最高潮。雪駄で猛ダッシュ。喫煙所が見えると心躍る!!!
「よう、園」みんな声をかける。
園はメビウス8mm、ショート、ボックスをフィルターまで吸う。
「3本だけ」心に決めている。
一日、ひと箱で彼の財布は干上がってしまう。
病棟に戻ると体重計に乗り、1g単位で水を飲む。
いつもの席に座る。そこには必ず文や命がいる。
いつものたわいのない会話が永遠続く。
園は思った。
幸せってなんだっけ?
あ、ポン酢しょうゆだ!